試練を理解し受容すること | ウヤンガ・エルディンボルド | TEDxUlaanbaatarWomen
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0:10 - 0:11みなさん こんにちは
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0:14 - 0:18ご存知かと思いますが
私の盲導犬のグラデスです -
0:20 - 0:25まずは彼女の番 窮屈は苦手なので
先にハーネスを外します -
0:30 - 0:33伏せ!
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0:38 - 0:43わたしのスピーチの間に
引っ掻いたり 立ち上がったり -
0:43 - 0:47眠りながら吠えるかもしれませんが
よろしくお願いします -
0:51 - 0:54ラルフ・ウォルドー・エマーソンは
こう述べています -
0:55 - 0:58「常にあなたを
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0:58 - 1:01変えようとする世の中で
自らを保つということは -
1:01 - 1:04最高の達成である」
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1:04 - 1:08わたしに言わせれば
それは大きなチャレンジです -
1:09 - 1:13もともとチャレンジなんて
好きなたちではありません -
1:13 - 1:16大勢の中の一人で十分です
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1:16 - 1:21自由な考え方 自分の生き方が
確保されればそれで構いません -
1:23 - 1:26ですが身体障害によって
何かが決めつけられる となれば -
1:26 - 1:29傍観者でいるわけにはいきません
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1:31 - 1:35わたしは昔から本や文学が好きでしたので
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1:35 - 1:39図書館司書か言語学者になって
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1:39 - 1:41いつも本に囲まれて過ごしたいと
思っていました -
1:42 - 1:46ですが盲目であるわたしの経験では
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1:46 - 1:49特にここ数年において
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1:49 - 1:53身体障害者に向けられた社会的差別や無知は
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1:53 - 1:58大変強く あまりに不公正であることに
気づきました -
1:58 - 2:02これでは図書館司書として
普通の暮らしを楽しむのは無理です -
2:07 - 2:12「人生には二つの選択肢がある」と
デニス・ウェイトリーは言いました -
2:13 - 2:16「ありのままの状況を受け入れるか
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2:16 - 2:19その状況を変えるという任務を
引き受けるか」 -
2:20 - 2:21普通の生活をしようとするだけで起きる
様々な困難について考えると -
2:21 - 2:25普通の生活をしようとするだけで起きる
様々な困難について考えると -
2:28 - 2:31障害者たちが意味のある
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2:31 - 2:35充実した毎日を送ろうとしたら
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2:35 - 2:38選択肢はたったひとつそれは
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2:38 - 2:41状況を変える任務を受けて立つしかありません
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2:44 - 2:49わたしは4歳のときに
網膜色素変性症と診断されました -
2:49 - 2:54そしてこの20年間で徐々に視力を失いました
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2:55 - 2:57医者は両親に
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2:57 - 3:0340-50歳で失明するだろうと告げました
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3:03 - 3:07大学や学校に行くのは問題ないはずでした
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3:08 - 3:12ですが実際は そうはなりませんでした
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3:12 - 3:168歳ですでに本の活字が読めなくなり
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3:17 - 3:21黒板も見えなくなりました
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3:21 - 3:24大学に行き始めた頃には
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3:24 - 3:27鏡の中の自分の姿さえも
見えなくなっていました -
3:30 - 3:36人生の節目ごとに
私はいつも同じ決断を迫られました -
3:37 - 3:42自分に用意された言い訳を受け入れ
あわれな自分とともに やすやすと生きるか -
3:43 - 3:47覚悟を決め 未知の世界に足を踏み入れるのか
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3:49 - 3:51わたしはいつも後者を選びました
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3:53 - 3:57わたしはモンゴルの視覚特別支援学校で学び
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3:57 - 3:592000年にそこを卒業しました
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4:00 - 4:02その当時
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4:02 - 4:06盲目の人が受ける教育といえばそこまででした
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4:06 - 4:08普通ですとその後
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4:08 - 4:13障害者のための工場で働くか
家にいるかのどちらかですが -
4:14 - 4:16わたしはそんな「普通」はいやで
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4:16 - 4:20大学に行きたい
いい仕事にも就きたいと思いました -
4:20 - 4:24両親や家族に
誇りに思ってもらいたかったのです -
4:25 - 4:28そのためには
他の人の2倍強い気持ちで -
4:28 - 4:34他の人の2倍努力する必要が
ありました -
4:37 - 4:4114歳になるまで
わたしはありふれた子供でした -
4:42 - 4:47いずれ失明するとは知らず
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4:47 - 4:50ただ目が悪いだけだと思っていました
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4:51 - 4:55病状が日々の生活に及ぼす影響といえば
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4:55 - 5:01分厚いメガネのせいで
時に悪口を言われることや -
5:01 - 5:05読み間違えることぐらいでした
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5:07 - 5:13しかし14歳になって 真実を知らされた時
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5:14 - 5:17時間との競争が始まりました
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5:17 - 5:21目の見えない生活は想像もつきませんでした
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5:22 - 5:26視力を失えば
すべてを失うと思っていました -
5:27 - 5:29そしてはっと気づきました
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5:29 - 5:34なぜ あの頃 父があちこちの博物館に
連れて行ってくれたのか -
5:35 - 5:37私が8歳のときで
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5:39 - 5:44博物館にはつまらないものや
怖いものしかありませんでした -
5:45 - 5:47でも ようやく理解しました
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5:47 - 5:52父はわたしの記憶に何かを残したくて
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5:52 - 5:57我が国の歴史や文化を見てほしかったのです
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6:01 - 6:06パニックに襲われたのを覚えています
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6:06 - 6:09見て学ぶべきことがどれほど多く
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6:09 - 6:13そして残された時間がいかに少ないか
気づいたときでした -
6:16 - 6:18読むべき本を探し始めました
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6:20 - 6:23本だけが心のよりどころだと思っていました
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6:25 - 6:30寮の部屋で
息つく間もないほど読書に読書を重ねました -
6:30 - 6:33まるで本なしでは生きていけないみたいでした
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6:34 - 6:393週間で 学校にあるモンゴル語の点字本は
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6:39 - 6:43すべて読み終え
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6:44 - 6:48学校の科目も同じ勢いで勉強しました
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6:48 - 6:53できるだけ多くの知識を
頭の中に詰め込みたかったのです -
6:53 - 6:56失明した時に備えて
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6:57 - 6:59自分でできるだけのことを
したかったのです -
7:01 - 7:06残念ながら学校には資料が少なすぎました
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7:06 - 7:09苛立ちが募りだしました
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7:09 - 7:12何もかもが足りなかったのです
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7:14 - 7:21ですが そんな状況でも
意思は揺らぎませんでした -
7:21 - 7:25そして他の選択肢を探すようになりました
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7:26 - 7:32例えば 学校の本を読みつくした後
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7:32 - 7:36英語の点字図書が寄付されていることを知り
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7:37 - 7:41どうしたのかというと
英語を勉強することに決めました -
7:42 - 7:44英語の先生などいませんでしたし
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7:44 - 7:48教材 教本などありませんでした
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7:48 - 7:52そんなことではあきらめません
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7:53 - 7:57特別支援学校卒業後
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7:57 - 8:02健常者の通う普通の高校に行きました
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8:04 - 8:06それは大学に行くためで
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8:06 - 8:1010年の高等教育を受けなければなりません
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8:13 - 8:15これもまた 大変でした
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8:15 - 8:17盲目の生徒への教え方や接し方を
誰も知らなかったのです -
8:17 - 8:20盲目の生徒への教え方や接し方を
誰も知らなかったのです -
8:21 - 8:27学校初日にですが 点字を打っていたら
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8:27 - 8:32怒られたことを 今でも覚えています
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8:32 - 8:35穴開けが 授業の邪魔ですって
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8:37 - 8:42怖いことも照れくさいことも克服しました
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8:42 - 8:46自分の障害に閉じ込められるのはゴメンです
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8:47 - 8:512006年 モンゴル人文大学を卒業し
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8:52 - 8:572007年にモンゴルの視覚障害者として
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8:57 - 9:00初めてフルブライト奨学生となりました
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9:00 - 9:01(拍手)
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9:07 - 9:122009年 ルイジアナ州立大学の
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9:12 - 9:17図書館情報科学科で修士号を取得
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9:17 - 9:22モンゴルで初の盲導犬とともに帰国しました
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9:22 - 9:23(笑)
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9:25 - 9:30モンゴルでは
オーディオブックは一つもなく -
9:30 - 9:33点字図書も足りませんでした
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9:33 - 9:36モンゴルの高校・大学では
ないものばかりでした -
9:37 - 9:41ノートのための点字紙も足りませんので
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9:41 - 9:47書き写すのは大事なことだけに留めて
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9:47 - 9:50できるだけ記憶に頼らねばなりませんでした
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9:52 - 9:57教材や文具が不足して
大変だとは言っても -
9:58 - 10:04社会の無知と向き合うことに比べれば
大したことはありません -
10:05 - 10:08それはわたしの歩みを妨げる
唯一の理由でもあります -
10:09 - 10:12ある時 記者に質問されました
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10:12 - 10:16人生で一番辛いことは何でしょう
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10:16 - 10:19「貢献できないこと」と答えました
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10:20 - 10:21その理由は
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10:21 - 10:27人間の気持ちや技能は 人に伝えることで
はじめて意味を持つと信じているからです -
10:28 - 10:33世の中に還元するべき成果を
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10:33 - 10:37共有できないのは最大の悲劇です
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10:39 - 10:41想像してみてください
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10:41 - 10:44知識やエネルギーに満ち溢れているのに
何も貢献できないこと -
10:45 - 10:50能力のある大人なのに
子供のように扱われること -
10:51 - 10:55ひとりの人間として見られず
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10:55 - 10:58障害しか見られないこと
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11:00 - 11:04理解や認識の欠如が
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11:04 - 11:09差別や誤解が生まれる元となります
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11:10 - 11:15教材などの不足よりも
このことによる影響は深刻です -
11:17 - 11:23食べる物がなく お腹が空くだけで辛いけれど
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11:24 - 11:28それとは違う次元の辛さというのは
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11:28 - 11:32食べ物がないことが問題だと
気づいてくれないことです -
11:33 - 11:36物があるだけで
いろいろ可能になりますが -
11:36 - 11:39それは道具にすぎないのです
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11:39 - 11:46世の中の理解があってこそ
それらの道具は働き始めます -
11:48 - 11:52個人的に ここまでは長い道のりでした
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11:54 - 11:59ですが 教育された若者
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11:59 - 12:04社会的不利にいる人間の代表として言えば
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12:04 - 12:06まだやることは沢山あります
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12:08 - 12:11わたしの経験からわかったのは
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12:11 - 12:15世の中が変わっていくには
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12:15 - 12:20個人の成功だけがすべてではありませんが
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12:20 - 12:23始まりとはなりえます
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12:24 - 12:29この20年で失ったものは大きかった
でも学びも多かった -
12:31 - 12:35失明は世の終わりではありません
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12:36 - 12:41人生において何に出くわすかということは
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12:41 - 12:44自分では選べません
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12:45 - 12:50それを受けて対処してみようという力
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12:50 - 12:52それが世の中を変えることになります
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12:54 - 12:56ヘレン・ケラーは言いました
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12:57 - 13:01「扉が一つ閉じられたときに
がっかりしてそればかり見ていると -
13:01 - 13:04別の扉が開いたのにも気づかない」
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13:05 - 13:10ですから見るだけではなく
人生を経験して下さい -
13:10 - 13:13人生は見るだけではもったいない
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13:15 - 13:20みなさんはオープンな方々だと信じています
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13:20 - 13:24この多様な世界に生きるみなさん
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13:24 - 13:28社会の公正さや民主主義を信じるみなさん
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13:28 - 13:33障害者に手を差し伸べることをお願いします
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13:33 - 13:40可哀想だからではなく
理解をもって受け入れて下さい -
13:40 - 13:41ありがとうございます
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13:41 - 13:42(拍手)
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- 試練を理解し受容すること | ウヤンガ・エルディンボルド | TEDxUlaanbaatarWomen
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ウヤンガ・エルディンボルドはダーカン生まれの読書家、愛犬家であり、犬愛護団体「ラッキー・ポーズ」の創始者です。「理解」と「共感」が人生を意義あるものにすると堅く信じています。
このビデオはTEDカンファレンスとは独立して運営されるTEDxイベントにおいて収録されたものです。 - Video Language:
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- Team:
- closed TED
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- TEDxTalks
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