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家族のカタチ|田村 亜紀子|TEDxSannomiya

  • 0:35 - 0:42
    今から14年前 2000年11月に
    結人(ゆうと)は誕生しました
  • 0:44 - 0:47
    2歳までとても元気に育って
  • 0:47 - 0:52
    当たり前の生活を
    当たり前に過ごしていました
  • 0:52 - 0:59
    2歳9ヶ月のときに
    小児がんを発病しました
  • 0:59 - 1:04
    とても厳しい状態で
    治療にのぞんだんですけれども
  • 1:04 - 1:08
    1年間の闘病生活の末
  • 1:08 - 1:11
    無事 元気になって
  • 1:11 - 1:15
    また幼稚園に通えるようになりました
  • 1:15 - 1:22
    3年間とっても元気に過ごして
    小学校1年生に入学しました
  • 1:23 - 1:26
    このまま結人は
    元気に生きていくんだという風に
  • 1:26 - 1:31
    私もお医者さんたちも
    みんなそう思っていました
  • 1:31 - 1:37
    とっても元気だった小学校1年生の夏
    がんは再発しました
  • 1:40 - 1:43
    再発してから2年
  • 1:43 - 1:48
    「もう来年の桜の花は見れないと思います」
  • 1:48 - 1:51
    と主治医から言われました
  • 1:51 - 1:57
    そのときに私が主治医や
    ほかの病院のスタッフの皆様に
  • 1:57 - 1:59
    お願いしたことがあります
  • 1:59 - 2:04
    それは 結人は2歳の頃から
  • 2:04 - 2:10
    「病気と闘うんだ 怪獣をやっつけるんだ」
    と言ってここにいます
  • 2:10 - 2:16
    なので 先生たちも どうか最後まで
    病気と闘い続けてください
  • 2:16 - 2:19
    結人の前で決して死を思わせるような
  • 2:19 - 2:23
    そんな あきらめるようなことは
    しないでください
  • 2:23 - 2:26
    そういう風にお願いしました
  • 2:26 - 2:29
    先生たちは私の意見を
    取り入れてくださって
  • 2:29 - 2:33
    最後まで闘志を見せてくれました
  • 2:33 - 2:37
    ただ 結人の病状は
    どんどん悪化していって
  • 2:37 - 2:41
    ある日 呼吸器を
    つけ[なければなら]ないほど
  • 2:41 - 2:44
    呼吸が苦しくなりました
  • 2:44 - 2:47
    そのときは私が家に帰っていて
  • 2:47 - 2:50
    夫が夜付き添っていたんですけれども
  • 2:50 - 2:56
    夫は結人がもしかしたら私が行くまでに
  • 2:56 - 3:00
    息を引き取ってしまうかもしれないと
    思ったようです
  • 3:00 - 3:03
    それで結人に
  • 3:03 - 3:06
    「かあちゃんに何か
    伝えておきたいことあるか?」
  • 3:06 - 3:09
    と聞いたそうです
  • 3:09 - 3:13
    そのときに結人が言った言葉が
  • 3:13 - 3:15
    「なんやそれ 意味分からん」
  • 3:15 - 3:20
    と苦し紛れに怒って言ったそうです
  • 3:22 - 3:26
    夫はその言葉を聞いて
    少しホッとしたって言ってました
  • 3:26 - 3:31
    私たち家族にとって そのときはまだ
  • 3:31 - 3:36
    お別れのときではなかったのです
  • 3:36 - 3:38
    呼吸器をつけてからも結人は
  • 3:38 - 3:40
    呼吸器から漏れる息で
  • 3:40 - 3:45
    私たちと一生懸命
    コミュニケーションを取ろうとしました
  • 3:45 - 3:50
    ただ ときにとても苦しそうな結人を見て
  • 3:50 - 3:58
    私は初めて このまま結人を病気との闘いに
  • 3:58 - 4:02
    そこにあの子の気持ちを
    向けさせていたままでいいのかな?
  • 4:02 - 4:05
    という風に思いました
  • 4:05 - 4:10
    それを結人のことをよく知ってくださっていた
    病院のスタッフの方に相談しました
  • 4:10 - 4:16
    そしたらその方が
    こう言ってくださいました
  • 4:16 - 4:21
    以前に 結人くんと病棟のお友達とで
  • 4:21 - 4:25
    行ってみたいところの話をしていました
  • 4:25 - 4:31
    他の子たちが「ディズニーランド」とか
    「ユニバーサル」とか言う中で
  • 4:31 - 4:37
    結人くんが「天国」と言いました
  • 4:38 - 4:41
    「でも ずっと行っていたいとかじゃないで
  • 4:41 - 4:44
    ちょっと 見てみたい
  • 4:44 - 4:49
    だって天国ってめっちゃいい所らしいで」
  • 4:49 - 4:53
    結人くんはそう言いました
  • 4:53 - 4:57
    だからお母さん 結人くんにとって 天国は
  • 4:57 - 5:03
    とても良いイメージのところのようです
  • 5:04 - 5:08
    そのスタッフの方のお話をきいて
  • 5:08 - 5:13
    私は結人に天国の話を
    してみようと思いました
  • 5:13 - 5:16
    そして夫に相談しました
  • 5:16 - 5:22
    そしたら夫はこんな風に
    私に言ってくれました
  • 5:23 - 5:29
    「結人が天国に行けば
    家族の形は変わるかもしれない
  • 5:30 - 5:37
    でも家族であり続けることに
    変わりはない」
  • 5:38 - 5:41
    その言葉をきいて私は
  • 5:41 - 5:46
    結人と夫と3人で
    これからも家族であり続けることを
  • 5:46 - 5:50
    確認しようと思いました
  • 5:50 - 5:53
    そして結人にこう言いました
  • 5:53 - 5:59
    「結人 天国は 皆んな行くところやよ
  • 5:59 - 6:04
    母ちゃんが先に行くかもしれへんし
    父ちゃんが先かもしれへん
  • 6:04 - 6:10
    でも結人が一番に行くかも知れへん
  • 6:10 - 6:16
    誰が先に行っても
    家族3人いつも一緒やよ」
  • 6:18 - 6:24
    いつも私が言うことに何か反応していた
    結人だったんですけれども
  • 6:24 - 6:29
    そのときばかりは
    ぴくりとも動きませんでした
  • 6:29 - 6:34
    じっと私の話に耳を傾けていました
  • 6:34 - 6:38
    その表情が 私には
  • 6:38 - 6:41
    「ああ やっと 母ちゃんも
  • 6:41 - 6:46
    オレの天国行きを見送る
    心の準備ができたんやなあ」
  • 6:46 - 6:52
    そう言っているように思えました
  • 6:54 - 7:01
    これは 結人が書いていた漢字練習帳です
  • 7:03 - 7:08
    いつも新しい漢字を習っては
    最後の練習帳のノートの文章に
  • 7:08 - 7:11
    とっても面白いことを書いていたんです
  • 7:11 - 7:15
    小学生らしい面白い文章をどう考えるか
    というのが
  • 7:15 - 7:18
    結人の楽しみでした
  • 7:18 - 7:21
    でもこのときはちょっと違いました
  • 7:21 - 7:28
    「幸せを神様に願ってもぜんぜん来ない」
  • 7:28 - 7:33
    「天国にもうちょっとしたら着く」
  • 7:35 - 7:41
    私はこれを結人が亡くなってから見ました
  • 7:42 - 7:46
    そして もし結人が少しでも
  • 7:46 - 7:51
    自分が天国に行くことを
    意識していたのであれば
  • 7:51 - 7:57
    あの時に結人と一緒に天国の話が
    できてよかったと思いました
  • 7:59 - 8:03
    そして 天国の話をした数日後
  • 8:03 - 8:08
    結人は本当に安らかに天国に旅立ちました
  • 8:11 - 8:15
    私が結人との闘病生活を通して
  • 8:15 - 8:22
    ただ1つとても自分自身に対して
    後悔していることがあります
  • 8:23 - 8:26
    それは結人が一番辛かったときに
  • 8:26 - 8:31
    一緒にいてあげることが
    できなかったということです
  • 8:31 - 8:36
    呼吸器をつけてから私と夫は2人とも
  • 8:36 - 8:41
    結人を病院に一人残し
    夜 家に帰っていました
  • 8:42 - 8:49
    病院の規則とか親の精神的な安定とか
    いろんな理由があって
  • 8:50 - 8:54
    家に帰るのがそのときは
    一番良いと思って帰っていました
  • 8:54 - 8:59
    でもある日 朝 病室に戻ったときに
  • 8:59 - 9:05
    結人が呼吸器から漏れる声で
    私にこう言いました
  • 9:07 - 9:11
    「かあちゃん しんどかった」
  • 9:14 - 9:18
    どうしてそばにいて
    あげなかったんだろうと思いました
  • 9:19 - 9:24
    辛い時こそ一緒にいるのが家族じゃないか
  • 9:24 - 9:29
    そういう風にずっと思ってきたのに
  • 9:29 - 9:33
    一緒にいてあげることができなかった
  • 9:33 - 9:39
    大事なことを守ることが
    できなかったんです
  • 9:42 - 9:46
    小児がんの子供達は
  • 9:46 - 9:53
    治療以外で本当に色々なことを
    我慢しています
  • 9:53 - 9:59
    小児がんになっただけで
    抗がん剤の副作用に耐えるだけで
  • 9:59 - 10:02
    これからの人生 病気と
    付き合い続けないといけない
  • 10:02 - 10:06
    それだけで 十分に辛いんです
  • 10:06 - 10:13
    それが今は病院でこのような狭い環境で
  • 10:13 - 10:17
    家族と一緒に過ごす事もできない
  • 10:17 - 10:22
    きょうだいに会うこともできない
    友達に会うこともできない
  • 10:23 - 10:30
    そんな家族のカタチは
    あってはならないと思いました
  • 10:30 - 10:34
    そのために小児がんになっても
  • 10:34 - 10:36
    抗がん剤治療中でも
  • 10:36 - 10:40
    家族が一緒に暮らすことができる
    家の病院を作ろう―
  • 10:40 - 10:42
    ―家のような病院を作ろう
  • 10:42 - 10:48
    そう思って
    私と同じような経験をした家族や
  • 10:48 - 10:53
    それをずっと見守り続けてくださった
    医療関係者の方々や
  • 10:53 - 10:59
    いろんな方々の力で
    8年前から活動を始めました
  • 11:00 - 11:04
    たくさんの方々のご支援のおかげで
  • 11:04 - 11:10
    2013年日本での初めての
    小児がんの専門施設
  • 11:10 - 11:15
    「チャイルド・ケモ・ハウス」が
    この神戸に誕生しました
  • 11:16 - 11:18
    チャイルド・ケモ・ハウスは
  • 11:18 - 11:23
    家族が家族らしくあり続けることができる
  • 11:23 - 11:26
    それを大切にしています
  • 11:26 - 11:31
    家族が家族らしくというのは
    どういうことでしょうか?
  • 11:31 - 11:37
    みなさんも一緒に
    考えていただければと思います
  • 11:39 - 11:45
    親がいつでも気兼ねなく
    子供のそばにいることができる
  • 11:46 - 11:50
    きょうだいに会える
    お友達に会える
  • 11:50 - 11:52
    そのために私たちは
  • 11:52 - 11:57
    付き添う家族もゆったりと
    眠ることができるベッドを用意し
  • 11:57 - 12:03
    それぞれの家族が
    プライバシーが守られて過ごせるような
  • 12:03 - 12:08
    個室を用意しました
  • 12:08 - 12:13
    大きな声で笑える 泣ける 遊ぶことができる
  • 12:13 - 12:19
    お料理ができる ゆっくり子供と
    一緒にお風呂に入ることができる
  • 12:19 - 12:22
    そのために私たちは各お部屋に
  • 12:22 - 12:27
    キッチン、バス、トイレをつけました
  • 12:29 - 12:35
    家族のために働いて
    帰ってきてくれるお父さんが
  • 12:35 - 12:40
    気兼ねなく子供と家族の
    お部屋に入ることができる
  • 12:40 - 12:46
    「ただいま」「 おかえり」という
    家族らしい会話が生まれる
  • 12:46 - 12:52
    そのために私たちは外から入って来れる
    ドアを各お部屋につけました
  • 12:53 - 12:59
    当たり前ですが
    今までできていなかったこと
  • 12:59 - 13:02
    家族みんなが本当に欲しかった幸せ
  • 13:02 - 13:08
    それがこのチャイルド・ケモ・ハウスには
    いっぱい詰まっています
  • 13:13 - 13:19
    私たちはときに
    病気 災害 事故 ―
  • 13:19 - 13:25
    私たちの力ではコントロールできない
    様々な困難にぶち当たります
  • 13:25 - 13:30
    その困難の中で私たちが
    本当にもがき苦しむのは
  • 13:30 - 13:35
    病気そのものだけにあるのではなくて
  • 13:35 - 13:40
    これまで作ってきた家族のカタチが
    音をたてて壊れてしまうこと
  • 13:40 - 13:44
    守りたいものが守れなくなること
  • 13:44 - 13:49
    そのことこそにあるのだと思います
  • 13:49 - 13:51
    チャイルド・ケモ・ハウスは
  • 13:51 - 13:53
    そんな家族の苦しみや不安を
  • 13:53 - 13:56
    真正面から受け止めて
  • 13:56 - 14:03
    家族が家族らしくあり続けることを
    支えていきます
  • 14:03 - 14:08
    そうすればもし家族のカタチが
    壊れてしまっても
  • 14:08 - 14:14
    また新しい家族のカタチを
    作っていくことができる
  • 14:14 - 14:18
    もし一度絶望に陥っても
  • 14:18 - 14:24
    また 幸せになりたいと
    思うことができるのです
  • 14:27 - 14:30
    結人が天国に行ってから2年後
  • 14:30 - 14:34
    弟の順平(じゅんぺい)ができました
  • 14:34 - 14:41
    これからの世界とこの子の人生が
    順調で平和でありますように
  • 14:41 - 14:45
    そういう思いを込めて名付けました
  • 14:45 - 14:51
    その名の通り順調に平和に
    やんちゃに育っています
  • 14:51 - 14:55
    私はこれからも結人とともに
  • 14:55 - 15:00
    新しい家族のカタチを
    作っていきたいと思っています
  • 15:00 - 15:02
    今日は本当にありがとうございました
  • 15:02 - 15:06
    (拍手)
Title:
家族のカタチ|田村 亜紀子|TEDxSannomiya
Description:

田村 亜紀子は、第1子である長男が小児がんと診断され、1年間の付添生活を送りました。小児がんの子供達は、治療に耐える以外にたくさんの我慢を強いられるといいます。闘病生活を送る子供や家族が、家族らしくありつづけるため、人間らしく充実・満足した生活を送るためには何が必要でしょうか?

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Video Language:
Japanese
Team:
closed TED
Project:
TEDxTalks
Duration:
15:19

Japanese subtitles

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