あなたは筋肉を痛めてしまい 炎症による激痛に耐えかねています 痛みを和らげるために 何か冷たいものがあればと思います でもアイスパックを使うためには何時間も前に 冷凍庫に入れておく必要がありました 幸運なことに別の方法があります 冷却パックは必要になるまで 常温で保存することができて 使用法に従いパックを割ると わずか数秒でひんやりしてきます でも どうやったら そんなに短い時間で温度が 常温から氷結温度近くまで 下がるのでしょう? その答えは化学にあります 冷却パックには水と固体の物質― ふつうは硝酸アンモニウム ― が 壁を隔てて個別に収納されています 分離していた壁が壊れると 固体が水に溶け 吸熱反応という化学反応が起き 周りから熱を吸収します この現象を理解するには 化学反応の背後にある 2つの仕組みを理解しなければなりません エネルギー論とエントロピーです これらが系の変化や エネルギーの流れを決定づけます 化学において エネルギー論は 分子レベルでの粒子の 引力と斥力を扱います 尺度がとても小さいので グラス一杯の水には 宇宙にあるとされる星よりも 多い数の水分子が入っています これら何兆もの分子は さまざまな速さで たえず動き、振動し、回転しています 温度とは これらの分子の平均的な動き あるいは運動エネルギーと 考えることができます 運動の量が多ければ温度が高くなり その逆も成り立ちます いかなる化学反応においても 熱の流れは それぞれの物質の化学的な状態における 粒子の相互作用の 相対的な強弱によって決まります 粒子間に強い引力が働くと お互いを素早く引き寄せます そして近くなりすぎると 今度は斥力がお互いを引き離します 最初の引き寄せる力が十分に強ければ このように 近づいたり離れたりと 振動を繰り返します 引力が強いほど振動の速度も速く 熱とは本質的に粒子の動きなので 相互作用がより強くなるような状態に 物質が変化すると 系の温度は上がります しかし冷却パックでは 逆のことが起きています つまり固体の物質が水に溶けると 固体の粒子と水の分子との相互作用は それぞれの状態でいた時よりも弱くなるのです これにより双方の粒子の 平均速度が緩やかになり 溶液全体は冷えるということです しかし 物質が相互作用が弱い状態に 変化するのはなぜでしょう? もともとの相互作用が強ければ 固体が溶けるのを妨ぐのでは? ここでエントロピーの登場です エントロピーは ランダムな動きによって 物質やエネルギーが 分布している様を表します 部屋の中の空気の場合 これを構成する何兆もの粒子は 多くの異なる並び方が可能です ある並び方では部屋の片隅に すべての酸素分子がかたより もう片隅に窒素の分子が かたまるかもしれません しかしバラバラに散らばっている 可能性の方が断然高いので 空気はいつもバラバラに 混ざった状態で見出されます さて粒子間の引力が強い場合 いくつかの並び替えの確率が 変わることがあり 物質が混ざる確率を グンと下げることもあります 油と水が混ざらないのはこの例です 硝酸アンモニウムなど 冷却パックに使われている物質の場合 引き合う力は確率を変えるほどは強くなく ランダムな動きが 固体を構成する粒子をバラバラにし 水に溶けることで 固体には戻らなくなります 簡単に言えば 冷却パックが冷えるのは ランダムな動きが 固体と水が混合する 組み合わせをより多く作り出し これらの組み合わせでは 粒子の相互作用がより弱いため 平均的にみた粒子の動きが鈍くなり 未開封の冷却パックよりも 熱量が少なくなるからです つまりエントロピーがもたらす乱雑さが あなたの怪我のもとに なったかもしれませんが その痛みを和らげる心地よい冷たさを 生み出して くれてもいるのです