今は真夜中 すべてが静まり返っています でもヤモリだけはクモを探して 軽やかに這い回っています ヤモリは重力に逆らっているようです 垂直の壁をよじ登り 爪もないのに 上下逆さに歩いています 接着剤や超強力なクモの巣だって ありません でも 正の電荷と負の電荷が 引き合うという 単純な原理を利用しているのです この引力は化合物を結びつける力です たとえば食塩では 正の電荷を持ったナトリウムイオンと 負の電荷を持った塩素イオンが くっついています でもヤモリの足も ヤモリが歩く表面も 電気を帯びていません では どうやって くっついているのでしょう? その答えは 分子間力と構造工学の 巧みな組み合わせにあります 周期表に載っている全ての元素は 電子に対する異なる親和力を持っています 酸素やフッ素のような元素は 電子をとても欲しがっています 一方 水素やリチウムなどの元素は 電子を強く求めてはいません 原子が電子を求める相対的な強さを 電気陰性度といいます 電子は始終動き回っていますが もっとも強く求められるところに 落ち着きやすいのです 同じ分子の中に 異なる電気陰性度をもった原子があると 分子を取り巻く電子雲は より電気陰性度が高い原子に 引き込まれていきます すると電子雲が薄くなって 原子核の正の電荷が 露わになる場所と 一方で 負の電荷をもった 電子の塊となる場所ができます ですから分子全体としては 電荷を帯びていません でも正や負の電荷を帯びた部分があります この様に電気を帯びた部分が 隣の分子と引き合います 正の電荷をもった部分が 負の電荷をもった部分と 隣同士になって 一列に並んでいきます このような引力をもつのに 強い電気陰性度をもった原子は 必要ありません 電子はいつでも動いていて 時には一か所に集まることがあります このような電荷の揺れがあれば 分子同士を結び付けるのに十分です 電荷をもたない分子同士の 相互作用は ファンデルワールス力と呼ばれます これは電荷をもった粒子同士の 作用ほどには強くありませんが 十分な数があれば かなりの力になります ここにヤモリの秘密があります ヤモリの足には 柔軟性のある突起があります この突起はシーティ(繊毛)という 人間の髪の毛よりもずっと細い 微小な毛のような組織で 覆われています 各シーティはスパチュラと呼ばれる もっと小さな毛で覆われています この微小なスパチュラの形こそが ヤモリが意のままに くっついたり離れたりするために 必要とするものです ヤモリがそのしなやかな足を 天井に広げると スパチュラがファンデルワールス力を 作用させるのに完璧な角度で接触します スパチュラが平たくなって 接触する面積を広く作りだし 正と負に帯電した部分が 天井側の帯電部分とマッチします 個々のスパチュラに働く粘着力は 僅かなファンデルワールス力ですが ヤモリには これが約20億個もあり 自重を支えるのに 十分な力となります 実際 ヤモリは足一本でも ぶら下がることができます この超粘着性も 角度をほんの少し変えるだけで 解消されます こうやってヤモリは 自分の足を壁からはがしていき 餌を目指したり 敵から逃げるために 小走りに動くことができます 特別な形をした毛によって 普通の分子間のファンデルワールス力を 最大化するという方法は ヤモリの見事な粘着能力を模倣する 人工材料を作るヒントとなりました 人間が作ったものは まだヤモリには粘着力には及びませんが 成人がガラスの壁を 8メートルほど登るのに十分です 実際のところ ヤモリの獲物だって 壁に張り付くのに ファンデルワールス力を利用しています だからヤモリは足を壁からはがして 追っかけて行きますよ