1 00:00:06,717 --> 00:00:11,009 1956年モスクワで開かれた 外交行事の歓迎レセプションで 2 00:00:11,009 --> 00:00:15,475 ソ連の指導者ニキータ・フルシチョフが 西側の大使たちに こう言いました 3 00:00:15,615 --> 00:00:17,658 「My vas pokhoronim!」 4 00:00:17,658 --> 00:00:21,081 担当の通訳はこんな英語で 表現しました 5 00:00:21,081 --> 00:00:23,243 「お前らを埋めてやる!」 6 00:00:23,243 --> 00:00:26,495 この発言は西欧諸国を震撼させ 7 00:00:26,495 --> 00:00:29,791 冷戦まっただ中にあった ソ連とアメリカという 8 00:00:29,791 --> 00:00:32,330 2国間の緊張を高めてしまいました 9 00:00:32,330 --> 00:00:38,051 この一件のせいで東西関係の改善が 10年遅れたと信じている人もいるほどです 10 00:00:38,391 --> 00:00:43,600 実はこのフルシチョフのコメントは ちょっと直訳が過ぎました 11 00:00:43,600 --> 00:00:46,942 文脈を踏まえると こう表現されるべきでした 12 00:00:46,942 --> 00:00:49,601 「我々はあなた方のお葬式を 見届けるでしょう」 13 00:00:49,601 --> 00:00:52,716 共産主義は資本主義より 長く生き延びるという意味で 14 00:00:52,716 --> 00:00:55,065 脅迫めいた感じは弱まります 15 00:00:55,065 --> 00:00:57,941 意図された意味は 後々明らかになったのですが 16 00:00:57,941 --> 00:01:00,984 フルシチョフの言葉が最初に与えた 印象の影響は大きく 17 00:01:00,984 --> 00:01:05,973 核兵器による最終戦争へと 世界を導きかねないものでした 18 00:01:05,973 --> 00:01:10,046 では 言語の持つ複雑性や 異文化の交錯にもかかわらず 19 00:01:10,046 --> 00:01:14,076 こうしたことが通常 起こらずに 済んでいるのは なぜでしょう? 20 00:01:14,246 --> 00:01:18,457 その答えは主に 言語の壁を乗り越えようとする― 21 00:01:18,457 --> 00:01:21,246 通訳者の技能と訓練にあります 22 00:01:21,256 --> 00:01:25,270 歴史を振り返ると ほとんどの場合 通訳といえば逐次通訳でした 23 00:01:25,270 --> 00:01:29,921 話し手と通訳が発言を区切って お互いに話すのを待つやり方です 24 00:01:30,501 --> 00:01:33,069 しかし無線技術が現れてから 25 00:01:33,069 --> 00:01:38,708 第二次世界大戦をきっかけに 新たに同時通訳のシステムが開発されました 26 00:01:38,718 --> 00:01:40,608 同時通訳では 27 00:01:40,608 --> 00:01:44,071 通訳は話し手の言葉を即座に訳し 28 00:01:44,071 --> 00:01:46,822 話し手が話している間に マイクに向かって訳します 29 00:01:46,822 --> 00:01:50,106 間が空かないので 聴衆は聞きたい言語を 30 00:01:50,106 --> 00:01:52,295 選択することができます 31 00:01:52,295 --> 00:01:54,727 表向きは スイスイ進むように見えますが 32 00:01:54,727 --> 00:01:56,256 その舞台裏では 33 00:01:56,256 --> 00:01:58,480 人間の通訳者が絶えず働き 34 00:01:58,480 --> 00:02:02,260 内容が全て話し手の意図どおり 伝わるよう万全を期しています 35 00:02:02,260 --> 00:02:04,528 これは並大抵のことではありません 36 00:02:04,528 --> 00:02:09,578 既に両言語に堪能な言語のプロが 会議通訳者になるために 37 00:02:09,578 --> 00:02:13,472 語彙を増やし 必要な技術を会得するには 38 00:02:13,472 --> 00:02:15,872 約2年間の訓練を要します 39 00:02:16,772 --> 00:02:21,110 聴きながら話すという 尋常でない仕事に慣れるため 40 00:02:21,110 --> 00:02:22,683 訓練生は話者と同じ言語で 41 00:02:22,683 --> 00:02:26,839 話者の後について聞こえたとおり 一語一句 逃さず繰り返します 42 00:02:27,419 --> 00:02:30,726 その後 言葉使いを調整しながら 43 00:02:30,726 --> 00:02:33,646 発言を言い換える訓練に移り 44 00:02:33,646 --> 00:02:36,485 最後に 翻訳先の言語を使った 訓練に入ります 45 00:02:36,485 --> 00:02:41,420 こうした練習によって通訳者の脳には 新しい神経回路が生まれ 46 00:02:41,420 --> 00:02:46,195 常に文を作り替えようと努力することが 少しずつ習慣化されていきます 47 00:02:46,505 --> 00:02:49,257 やがて懸命な努力の末 48 00:02:49,257 --> 00:02:54,051 通訳者はたくさんの技術を身につけ スピードについていったり 49 00:02:54,051 --> 00:02:55,912 難しい専門用語を扱ったり 50 00:02:55,912 --> 00:02:58,986 様々な外国訛りに対応したり できるようになります 51 00:02:59,286 --> 00:03:02,511 頭文字を使って 長い名前を短縮したり 52 00:03:02,511 --> 00:03:05,124 特殊な用語より 一般的な言葉を優先したり 53 00:03:05,124 --> 00:03:08,316 スライドなど視覚資料に 言及することもあります 54 00:03:08,556 --> 00:03:11,395 ある用語を訳さずに 元の言語のまま使いながら 55 00:03:11,395 --> 00:03:14,670 その間に最もぴったりな訳語を 探すことなんかもあります 56 00:03:14,710 --> 00:03:19,388 通訳者は 混沌とした場で 冷静さを保つ技術も備えています 57 00:03:19,428 --> 00:03:23,704 なにしろ 誰が何を言うか どれだけ分かりやすく話すかを 58 00:03:23,704 --> 00:03:26,556 通訳者がどうこうすることは できませんからね 59 00:03:26,556 --> 00:03:29,062 変化球が飛んでくる可能性は いつでもあります 60 00:03:29,062 --> 00:03:32,109 また同時通訳は 国連総会のように 61 00:03:32,109 --> 00:03:34,332 何千もの人々を前に 非常に緊張する場で 62 00:03:34,332 --> 00:03:36,621 仕事をすることが多いです 63 00:03:36,821 --> 00:03:38,572 落ち着いて取り組めるように 64 00:03:38,572 --> 00:03:40,934 通訳者は任務に対して 入念に準備します 65 00:03:40,934 --> 00:03:43,026 あらかじめ用語をまとめておいたり 66 00:03:43,026 --> 00:03:45,434 当日のテーマに関する本を 読みあさったり 67 00:03:45,434 --> 00:03:48,634 同じ話題についての過去の講演を 調べたりします 68 00:03:48,634 --> 00:03:51,607 そして通訳者は2人組で作業します 69 00:03:51,607 --> 00:03:55,950 1人がリアルタイムで 聞こえてくる言葉をどんどん訳す間 70 00:03:55,950 --> 00:03:58,973 もう1人はサポートにまわって 資料となる文書を探したり 71 00:03:58,973 --> 00:04:00,440 辞書を引いたり 72 00:04:00,440 --> 00:04:03,163 関連情報を調べたりします 73 00:04:03,163 --> 00:04:07,313 同時通訳は 高度な集中力を要するので 74 00:04:07,313 --> 00:04:10,665 2人は30分ごとに役割を交代します 75 00:04:10,665 --> 00:04:14,879 成功は共同作業の腕によって 大きく左右されます 76 00:04:15,609 --> 00:04:17,589 言語は複雑なものですから 77 00:04:17,589 --> 00:04:22,231 抽象的な概念やニュアンスが 翻訳によって失われてしまうと 78 00:04:22,231 --> 00:04:24,761 悲惨な結果を招く可能性があります 79 00:04:25,001 --> 00:04:30,875 マーガレット・アトウッドの名言です 「言語がしくじると 戦争が起きる」 80 00:04:30,875 --> 00:04:34,643 会議通訳者はこのことを 誰よりもよく承知しているので 81 00:04:34,643 --> 00:04:39,046 言語がしくじったりしないよう 舞台裏で仕事に励んでいるのです