これから遺伝子ドライブについて
話しますが
まず簡単に
背景を説明しましょう
20年前 アンソニー・ジェームズという
生物学者が
マラリアを媒介しない蚊を作る
というアイデアに
取り付かれました
素晴らしいアイデアですが
まったく成功しませんでした
1つには マラリア耐性のある
蚊を作るのが
極めて難しいためでしたが
最後には 彼はやってのけました
ほんの数年前のことです
ある遺伝子を組み込むことで
マラリア原虫が蚊の体内で
生きられないようにしたのです
ただこれにより
別の問題が持ち上がりました
マラリア耐性のある蚊は
できましたが
それをどうやって
マラリアを媒介する蚊と置き換えるのか?
いくつか選択肢があります
プランAは基本的に
その新しい
遺伝子組み換えの蚊を
大量に育てて
野に放ち
その遺伝子が受け継がれることを
期待するというものです
問題は これが
うまくいくためには
天然の蚊の10倍の数の蚊を
放つ必要があるということです
だから1万匹の
蚊がいる村なら
10万匹の蚊を
放つことになります
お分かりになると思いますが
これは住人にはあまり
歓迎されないやり方でした
(笑)
去年の1月
アンソニー・ジェームズは
イーサン・ビアという生物学者から
メールを受け取りました
ビアと その院生の
ヴァレンティノ・ギャンツは
特定の遺伝形質が
受け継がれるだけでなく
極めて速やかに
広まるようにできる
ツールを見出したというのです
それが本当なら ジェームズが
20年間取り組んで来た問題が
解決することになります
彼らは試しに
マラリア耐性遺伝子と
遺伝子ドライブという新しいツールを
組み込んだ蚊を 2匹作ってみました
遺伝子ドライブについては
後ほど説明します
それから彼らは
マラリア耐性遺伝子を
受け継いだ蚊の眼が
通常の白色ではなく
赤色になるように仕組みました
これはどっちがどっちか
一目で分かるようにという
便宜のためです
そのマラリア耐性のある
赤目の蚊2匹を
普通の白目の蚊30匹が
入った箱に入れ
繁殖させました
2世代の後
孫が 3,800匹生まれました
これは驚くところ
ではありません
驚くのはここからです
たった2匹の赤目の蚊と
30匹の白目の蚊で
スタートしたら
子孫は ほとんどが白目になると
思うでしょう
ところが ジェームズが
箱を開けてみると
3,800匹の蚊のすべてが
赤目だったのです
私がイーサン・ビアに
この時のことを聞くと
彼はあまりに興奮して
電話の向こうで叫んでいたほどです
というのも 赤目の蚊だけが
できるというのは
生物学の基本中の基本である
メンデル遺伝学に
反しているからです
簡単に説明しますが
メンデル遺伝学によると
オスとメスが交尾すると
子供はそれぞれの親から
DNAの半分を受け継ぎます
元の蚊がaa型で
新しい蚊が マラリア耐性遺伝子Bを持つ
aB型だとすると
4種の順列に従った
子供ができます
aa型 aB型 aa型 Ba型
しかし遺伝子ドライブを使うと
すべてがaB型になったのです
生物学的には
あり得ないはずですが
どうして
そうなったのでしょう?
第1に CRISPRという
遺伝子編集ツールが
2012年に登場したことが
挙げられます
CRISPRについては
聞いたことのある人が多いと思うので
ここでは簡単に CRISPRは
研究者が簡単に素早く正確に 遺伝子を
編集できるツールだと言っておきましょう
元々バクテリアの中に存在していた
メカニズムを利用していて
基本的には
DNAを切り取る
ハサミとして機能する
タンパク質と
ゲノム上の好きな場所に
ハサミを差し向けるための
RNA分子からなっています
結果として得られるのは
遺伝子のワープロのようなものです
遺伝子をまるごと
取り出したり 埋め込んだりでき
遺伝子を1文字だけ
編集することさえできます
しかも ほぼどんな種に
対しても使えます
遺伝子ドライブには元々2つの難問がある
と言ったのを思い出してください
1つ目は マラリア耐性のある
蚊を作るのが
難しいということですが
これはCRISPRのおかげで
基本的には解決しました
もう1つは物流の問題です
どうやって形質を
広めたらいいのか?
巧妙な方法が必要です
2年前 ハーバード大の生物学者
ケヴィン・エスヴェルトは
対象の新しい遺伝子だけでなく
カット&ペーストの機構も
CRISPRに埋め込ませたら
どうなるだろうと考えました
言い換えると CRISPR に自分自身も
コピー&ペーストさせるということです
止まることを知らない遺伝子編集マシンが
できることでしょう
そしてそれが
まさに起きたことでした
エスヴェルトの作った
CRISPR遺伝子ドライブは
形質が受け継がれることを
保証するだけでなく
生殖細胞に使われると
新しい遺伝子を
すべての子の両方の染色体に
自動的にコピーするんです
一括置換のようなものです
科学用語で言うなら
ヘテロ接合形質のホモ接合化です
これが意味するのは
どういうことでしょう?
1つには 非常に強力であるとともに
懸念を感じる新しいツールを
私たちは手に入れた
ということです
これまでのところ 遺伝子ドライブが
そんなに上手く機能していないことに
むしろ安堵を感じます
生物の遺伝子を
いじりまわすと
通常 進化的な適応度は
下がることになります
だから生物学者は
特に心配することなく
突然変異のショウジョウバエを
作れます
何匹か逃げたところで
自然淘汰が後始末してくれます
遺伝子ドライブが 注目に値し
強力で 恐ろしくもあるのは
それが もはや成り立たない
ところです
与えた形質が
飛べない蚊のような
大きな進化的欠点を
持つのでない限り
CRISPR遺伝子ドライブは その形質が
集団のすべての個体に行き渡るまで
容赦なく広まり続けます
うまく働く遺伝子ドライブを作るのは
簡単ではありませんが
ジェームズやエスヴェルトは
可能だと考えています
良い知らせは これが極めて素晴らしい
ことへの扉を開くということです
マラリアを運ぶ
ハマダラカの
ほんの1パーセントに
マラリア耐性遺伝子ドライブを入れると
研究者の見積もりでは
1年で集団全体に広まることになります
たった1年でマラリアを
撲滅できるかもしれないのです
実際的には そうできるまで
何年かかかるでしょうが
毎日千人もの子供が
マラリアで死んでいるのを
1年でほとんど
ゼロにできるのです
同じことが デング熱 チクングニア熱
黄熱にも言えます
もっとあります
侵略的外来種の排除 —
たとえば北米の五大湖から
アジア産のコイを駆逐したいなら
オスだけが生まれるようにする
遺伝子ドライブを
放てばいいだけです
数世代の後にはメスがいなくなり
コイは消え失せます
理論的には それによって
絶滅の危機に追いやられていた
何百種という在来種が
回復するでしょう
それが良い知らせですが
悪い知らせもあります
遺伝子ドライブは
極めて効果が高く
誤って放ってしまうと
生物種全体を変えてしまう危険があります
それもごく速やかに
アンソニー・ジェームズは
十分な予防措置を取っていました
生物学的封じ込めを施した
実験室内で蚊を繁殖させ
アメリカにはいない種を
使っていました
だから逃げ出したとしても
つがう相手がいなくて
ただ死に絶えるだけです
しかしオスだけを生む遺伝子ドライブを
持つアジア産のコイが
何かの手違いで10匹ほど
五大湖からアジアにもたらされたとしたら
アジアの天然のコイを
払拭してしまうかもしれません
現在の繋がり合った世界では
ありそうにないこととは言えません
そもそも侵略的外来種の問題があるのも
そのためなんですから
魚はまだ良いとして
蚊やショウジョウバエだと
閉じ込めようがありません
国境だろうと海だろうと
越えてしまいます
別の悪い知らせは
遺伝子ドライブが
標的種の中に留まるとは
限らないことです
遺伝子流動のためです
近縁の種は
異種交配することが
あるということです
そうなると遺伝子ドライブが
種を越えて広まるかもしれません
アジア産のコイから
他の種のコイへというように
遺伝子ドライブが 目の色のような形質を
広めるだけなら まだいいでしょう
実際 近い将来 すごく奇妙な
ショウジョウバエの発生を目にする可能性は
少なからずあります
遺伝子ドライブが
種を抹殺するようデザインされていたなら
とんでもない災厄に
なりかねません
懸念すべき最後の点は
遺伝子組み換えして
遺伝子ドライブを組み込む技術というのは
基本的に世界のどの実験室でも
できるようなものだということです
学部学生でもできるし
出来の良い高校生でも
しかるべき設備があればできるでしょう
少し怖い気がしてきたんじゃ
ないでしょうか
(笑)
面白いことに
私が話した科学者のほとんどは
遺伝子ドライブが 怖いとも
危険だとも 思っていないようでした
ある部分では 彼らが
科学者なら 責任をもって
注意深くやるはずだと信じているためです
(笑)
これまでのところは
裏切られていません
しかしまた 遺伝子ドライブには
制限もあります
1つには 有性生殖を行う種にしか
使えないということがあります
だから ありがたいことに
ウイルスやバクテリアを作るのには使えません
また形質は 世代ごとにしか
広まりません
種全体を変えたり
抹殺したりといったことは
生殖周期がごく短い種でしか
実際には起きないでしょう
昆虫とか
ネズミや魚のような小型脊椎動物などです
ゾウや人間では
問題になるほど形質が広まるには
何世紀もかかるでしょう
また CRISPRを使おうと 本当に壊滅的な
形質を作り出すのは たやすくありません
たとえばアメリカの農業に
打撃を与えるために
腐った果物でなく
普通の果物を食べる
ショウジョウバエを
作ろうと思ったとします
まず ハエが食べたいものを制御する
遺伝子を特定する
必要があります
これだけでもかなり長期の
難しいプロジェクトになるでしょう
それからハエの行動を
変えるために
その遺伝子を変更する
必要がありますが
これは さらに長期の
難しいプロジェクトになるでしょう
それに うまくいかない
可能性もあります
行動を制御する遺伝子は
複雑なためです
だからもしテロリストが
失敗する可能性のある
何年もかかる細心の
基礎研究に着手するか
単に爆弾で吹き飛ばすかを
選ぶとしたら
たぶん後者を選ぶでしょう
ことに「リバーサル・ドライブ」と
呼ばれるものを作るのが
理論的には ごく簡単であることを
考えると なおさらです
リバーサル・ドライブは 遺伝子ドライブの
引き起こした変化を上書きします
だから遺伝子ドライブによる変化が
気に入らなければ
それをなかったことにする
第2のドライブを放てばいいだけです
少なくとも理論的には
私たちは どういう地点に
いるのでしょう?
今や私たちは種を丸ごと
変えてしまう力を手に入れました
それはすべきことなのでしょうか?
我々は神になったのか?
それは分かりませんが
こうは言えます
第1に 非常に賢明な人々が
今も遺伝子ドライブを
どう規制するか議論しています
同時に 他の非常に賢明な人々が
遺伝子ドライブが自主規制したり
数世代で減少に転じ消滅するといった
保護策を作ろうと
取り組んでいます
これは素晴らしいことです
それでも この技術については
対話が必要です
遺伝子ドライブの
性質を考えれば
この対話は世界的なもので
ある必要があります
ケニアは使いたいけど
タンザニアは使いたくなかったとしたら?
空を飛べる遺伝子ドライブを放つ判断は
誰が下すのでしょう?
私はこの問への答えを
持ち合わせていません
今 私たちに進める道は
リスクと利益について
率直に話し合い
自らの選択に
責任を持つことでしょう
この選択には 遺伝子ドライブを
使うという選択だけでなく
使わないという
選択もあります
人は 現状維持が
最も安全な選択だと
思う傾向があります
しかし そうとは限りません
遺伝子ドライブにはリスクがあり
議論が必要ですが
一方で マラリアは現に存在し
毎日千人 殺し続けています
それに対して
殺虫剤散布で対処するのは
両生類や鳥類を含む他の種に
多大なダメージを及ぼします
だからこの先何ヶ月かの間に
遺伝子ドライブについて耳にしたら —
きっと耳にすることに
なると思いますが
そのことを
思い出してください
行動するのは
怖いかもしれませんが
行動しない方が悪い結果に
なることも多いのです
(拍手)