人生をどう表現するかはあなた次第です
このグラスは半分が空でしょうか?
それとも―
(観客)半分入っている!
「半分入っている」事について
さらに考えてみましょう
尊い中身に着目して考えましょう
何ができるでしょうか?
飲んでもいいし
人に勧めてもいいでしょう
植物の水やりに使ったり
洗い物や料理に使ってもいいでしょう
前向きな姿勢とは 前進という選択肢をくれる
ジャンプ台のようなものです
つまり行動することです!
子ゾウのダンボを覚えていますか?
ダンボの耳は自分で
つまずくほど長いものでした
それをどうしたでしょうか?
飛ぶのに使いましたね
数年前の私はグラスに
水が入っていたとは気づきませんでした
他の子どもたちの成長が
普通なのだと思っていたのです
それが当たり前で
自然なことだと思っていたのです
しかし四男のニコラが生まれた時
この子には問題があると
すぐにわかりました
目が合わず
お腹が空いても
泣きもしません
まさに「植物」状態でした
いったいどうしたらよいのでしょう?
私は発達の助けになる事は
すべてしようと決めました
息子が6か月の時
高名な専門家が診断を確定しました
この子は歩きも話もできない
だろうと言うのです
生涯「植物」状態のままだろう
と言われました
どうしたらよいのでしょうか?
私はこれを挑戦と捉えました
挑戦を受けるのは大好きです!
困難であればあるほど
引き付けられます
皆さんは私が「問題」ではなく「挑戦」と
表現した事にお気づきでしょう
この言葉が含蓄する意味は何でしょう?
「problème(問題)」という言葉は
災厄の意を孕んでいます
子は親が「problème(問題)」について
暗い顔で話すのを聞きます
そして私たち親はー
子が学校の「problème(設問)」で
行き詰まるので驚きます
私には息子の困難は克服すべき挑戦であり
問題ではありませんでした
しかし どれほど大きな挑戦なのか
想像もつきませんでした
これは幸運なことでした
マーク・トウェイン曰く
「彼らは不可能だと
知らなかったゆえ行動した」
私も不可能と知らず
行動しました
まず診断と見通しとを
切り離すことから始めました
診断は変えられませんが
見通しは変えることができます
見通しが受け入れ難かった場合は
信じないことにしました
まず「決して歩けない」という
最初の見通しです
どうしましょう?
歩き方を教えれば良いのです!
まず私は一歩一歩を分解しました
家族と共に 息子に腕と脚の
運びかたを教えました
背中を支えながら押して
脚を動かしました
転がり方や座り方
斜面を這う方法
水平面を這う方法
四つん這いで這う方法
次に初めての一歩を踏み出す方法
こうして私は目標の設定方法を学びました
そして各目標の達成のため
複数の細かな目的を設けました
さらにうれしいことに
息子が1つの目標を達成するたびに
感じる喜びは想像できないほどでした
その結果
他の子どもたちの成長も
同様に大喜びできました
身の周りのどんな
小さなことにも喜び
感謝することを学びました
感謝の念は幸せを感じる秘訣でもあります
次に 決して話せるようにならない
という第2の見通しについてです
確かに ニコラは4歳の時点で
「あ」とオウム返しもできませんでした
どの言語療法士にも
さじを投げられました
理解可能な発語ができないのは
障害のせいだと
自分に言い聞かせることも可能でした
しかし言い訳を探すのは
あきらめることと同じです
ここで行動することとは
道を探すことでした
どうしたらよいでしょう?
90キロメートル離れた所に
言語療法士を見つけました
その人のおかげで息子は初めて
「moto(オートバイ)」と発語しました
次に「パパ」「ママ」と言いました
その時 どんなに嬉しかったことか!
必ず道はあるはずで
単に見つければよいのです
次に私は手話の一種
マカトンサインを学びました
ついに息子は耳にする音には
意味があることを理解したのです
次に私の母が教えてくれたやり方で
字の読み方を覚えました
そのおかげで話せるようになりました
身体的な成長を遂げるにつれ
息子は常同的(反復的)な遊びが
大好きになりました
電気のスイッチを
切ったりつけたり切ったりつけたり
切ったりつけたりと
何時間も繰り返しました
通っていたセンターでは
グラスの水をもう一方に移し替える作業を
何時間も何日も何週間も
続けました
専門家はこれはこの子には
必要な作業なのだと言いました
どうしたらよいでしょうか?
どんな必要性でしょうか?
こうして私は最高のアイデアを
思いつきました
私の子どもだけでなく
自閉症の行動特性を持つ
すべての子どものために考えたものです
息子は自分の経験から
学ぶ必要があると考えました
そこで「満杯」と「空」を教えました
さらに「足す」「引く」
「イコール」「半分」も教えました
息子は私を見つめ
二度とこの遊びをしませんでした
私たちは何度も同じ経験を繰り返し
失敗もしました
そして私たちはようやく何かを
掴み始めました
高名な専門家は 息子は
決して学校へ行けないと言いました
どうしたらよいでしょうか?
私は息子が学校に通えるよう
手続きをしました
息子は5歳で幼稚園に
週2時間通いました
子どもに困難があるからといって
そうでない子どもより
短い授業時間しか
許されないのでしょうか?
そんな「理屈」は納得できませんでした
それは今も同じです
どなたか説明してください
ある日 息子がぬりえ遊びに
集中している間に
先生に言われました
先生いわく
息子にはまったく
指示が通らないとのことでした
さらに息子の発達は2歳児程度にも
満たないと言いました
息子は猛然と描きなぐり
紙をぐしゃっと潰しました
どうしたらよいでしょうか?
私は大切なことに気づきました
物事を子どもの目線で見るのです
大人が「君は劣っている」と言います
するとどう感じるでしょうか
「あなたは」の「は」は
アイデンティティを示します
子どもに「あなた『は』劣っている」
と言ってしまうと
そのレッテルが
永遠に貼り付いてしまいます
その「劣っている」部分が
その子のアイデンティティのー
深い一部になってしまいます
そのレッテルに
変化を封じられてしまいます
子どもをそのように
プログラムしてしまいます
自分はこうなのだ
変われないのだと
思い込みます
子どもがこう言われた時の
ダメージを想像して下さい
「悪い子!」
「我慢ができない子!」
「内気な子ね!」
想像してください
子どもは成人した後も
自分にそう言い聞かせます
どれほど害を与えるでしょうか
「ああ自分はなんて馬鹿なんだ!」と
思ったことがない方はいないでしょう
他人にレッテルを貼らない訓練は
自分にレッテルを貼らないことから
始めなくてはなりません
年度の終わりに先生が
そっと教えてくれました
ニコラに無駄な労力を使うなと
専門家に言われたそうです
決して読み書きや計算を
学ぶことはできないだろうから と
どうしたらよいのでしょうか?
私が思うに
子どもを信用しない場合
特にその子どもが傷つき易い場合
子どもは自分の才能を見出せません
ローゼンタールとジェイコブソンの
実験が立証しています
ピグマリオン効果です
ダンボが空を飛ぶことを
覚えられたのは
きっと飛べるはずだと
カラスが信じてくれたからでした
私が学んだのは
人の内に可能性を見出すことです
人の能力を信じることを学びました
そして人は自分を信じて
もらえていると感じると
奇跡を起こします!
ニコラには指示が通らないと
先生に言われた件を覚えていますか?
どうしたらよいでしょうか?
ニコラを支援するために
それがなぜなのかを知る必要がありました
ニコラは難聴の手術を
4歳の時に受けて以降
耳が聞こえるようになっていました
しかしニコラは聞こうとしません
読唇術を行うのですが
ひどい近眼なので
2メートル以上離れると
先生の言っていることが
わからなくなるのです
そこで私は表層に留まらず
問題の裏にある本当の理由を
探すことを学びました
ニコラは6歳の頃
学校教育から閉め出されました
どうしたらよいでしょうか?
実はこれは素晴らしいことだったのです!
ニコラが学校で学んだのは
自分は何もできないという事だけでした
そのころ私は 高校で科学コースの
3年生を教えていました
でも 自分の子どもは
1も2も3もわからないのです
なんて大きな挑戦でしょう!
以来 私は方法を見出すために
瞑想を学びました
そして 子どもが
数字と数の使い方を理解する—
素晴らしい方法を思いつきました
今日も多くの子どもに
たいへん役に立っています
ニコラは7歳の時に
特別支援教育からも閉め出されました
幸運なことでした
この子には別の道が
必要だったということでしょう
私たちはニコラに家庭で教育を
受けさせることにしました
私が教師だからといって
簡単だったと思わないでください
私は何もかも早かっただけなのです
私は4歳で文字を読み
16歳で高校を卒業
18歳で結婚
19歳で最初の子をもうけました
20歳で中学校数学教員の資格を得ました
21歳で中学校教員資格をもう1つと
数学の教授資格を得ました
これほどまでにたくさんの問題を抱えた
子どもを教える事には縁がなかったのです
どうしたらよいでしょうか?
こうして私は忍耐を学びました
学習の一歩一歩を
分解しました
より高い段階に引き上げるため
ニコラがどの段階にいるかを
探して分析しました
これはどんな学生に対しても
必要な配慮ではないでしょうか
彼らは高みへ成長するためにいるのですから
しかし 多くの困難を抱える子どもの場合
本人が理解できない場合は
どうしたらよいでしょうか
もっと頑張るべきだとか もっと悪く言えば
能力が足りないのだと思うこともできます
しかし私が選んだのは
どうしたらよいか考えることでした
そして責任は私にあると
考えることにしました
息子への教え方を
見つけるべきなのは私なのです
そして本人が理解するまで
あの手この手と戦略を変えました
こうして私はニコラに教え続けたのです
しかし息子が10歳になった時
これ以上理解力を伸ばすのは
不可能だと感じました
学習に必要なプロセスを
模索しましたが
行き詰まりを感じたのです
どうしたらよいのでしょうか?
私は一人キャンピングカーを走らせ
アムステルダム近郊の
フォイヤーシュタイン教育センターの
ワークショップに参加しました
そこで私は特に29の
認知機能について学びました
そしてこれはまさに天啓だったのです
思考には土台が存在します
もし土台無しに家を建てようとすれば
どうなるでしょうか?
家は建ちません
学習も建築と同様で
認知機能が正しく機能して
いる必要があります
私はプレゼンで聞いた手法を改良し
子どもにも適用できるようにしました
つまずいている原因を理解するには
すばらしいツールです
さらにこれは年齢よりも発達の早い
他の4人の子どもにも有効でした
早熟な子どもは理解が早いので
結論をどのように導きだしたのか
往々にして自覚しません
思考するために何をしたかすら
わかっていません
早熟な子どもは しばしば学校に
ついていけなくなります
なぜならすぐに結論が出ないと
自らをブロックしてしまうからです
どうしたらよいでしょうか?
子どもたちが勉強でも人生でも
成功できるように
認知を分解することを学ばせました
私は周囲を見回して
他の子どもたちがニコラを
遠巻きにしていることに気づきました
ニコラは他の子どもたちを恐れて
一緒にいようとしないのです
ニコラは2メートル幅の
安全圏を保っていました
どうしたらよいでしょうか?
私が村の学校の先生に相談すると
生徒に自閉症について
教えると言ってくれました
皆はニコラに近づき仲間に入れる
作戦を練りました
小学5年の1年間はこの子の
学校生活でも最良の1年でした
ニコラは校庭で
他の子どもたちが近づき
触れるに任せ
友達がたくさんできました
私は1人の先生の熱意が
どれだけ恩恵をもたらすかを知り
知識と準備が奇跡を起こす
事を知りました
私の周りには他にも
困難を背負った子どもがいました
どうしたらよいでしょうか?
私が設立した団体では
そんな子どもたちが
困難を克服する支援を行いました
私が学び改良を加えたメソッドは
見事な成果を挙げたので
他の人にも役立てたいと考えました
しかし一人で全ての人を
助けることは不可能です
そこでUp brain ingという
会社を立ち上げ
親や専門家に指導することにしました
認知機能を発達させるために
効率的なツールを考案し
学習に必要なプロセスを見定めました
私たちの教育手法は
メタ教育学というもので
既存のあらゆる教授法をつなぐ方法論です
すべての人に適用可能で
ハンディキャップの無い人にも有効です
ニコラが文字を書くことを学ぶのに
苦労していたのを
覚えていたので
タブレット用のアプリを開発し
基本的な線をなぞり書きしてから
文字をなぞって楽しく
学習できるようにしました
またニコラが苦労していたのは
自分の感情を学習し認識し
コントロールすることでした
どうしたらよいでしょうか?
私は感情を認識し理解しコントロールする
ツールを開発しました
これは他の人にも役に立つものです
しかし感情を測ることができるのは
心の知能だけではありません
最適な形でコミュニケーションを
取る能力にも関係があります
自閉症を持つ人の多くが
この分野で困難を抱えています
しかしコミュニケーションに
困っているのは
必ずしも自閉症の人とは限りません
家庭内で喧嘩が起こると
ニコラは耐えられませんでした
どうしたらよいでしょうか?
私たちは喧嘩をせずに
コミュニケーションを取る方法を学びました
そして私が開発したのは
争いを収めコミュニケーションを
学ぶツールでした
息子との経験のおかげで
私は他者を支援することを学び
創造することができました
ニコラはお金を計算しパソコンを操り
ピアノを演奏し
スキーや乗馬をし
友達を作ることが大好きです
私たちには我が身に
降りかかることは選べませんが
被害者として振る舞い
起こる事を受け身で待つか
能動的に行動するかは選べます
選ぶのは私たちです
私たちにはできるのです
全ての経験を生かして
私たちは行動し
道を見つけ
何事かを学び取ることができるのです
子どもたちのお陰で
私の人生は豊かになりました
ですから障害と聞いた時には
どうしたらよいでしょうか?
大いに結構!と私は言うのです
ありがとう!と私は言うのです