ゴーカートレースを始めて以来 一番よく聞かれるのは 「女性のレースカードライバーってどんな感じ?」 という質問です もっと具体的には ニューヨーク育ちの スタンフォード大学に通う女性が レースカーのハンドル握ってるって どういうこと?とか (笑) でも実際 なぜだめなんでしょう? レーシングは男女で競うことに身体的な制約のない まれなスポーツのひとつです スポーツなんです では皆さんにちょっと協力してもらいます 両手を運転しているようにして下さい 前の人にぶつからない様に いいですね 目を閉じて下さい だんだん左に曲がって 1.5トンの車を動かします まっすぐに戻して 壁から数センチの所を走ります 車の中の温度は50度以上 しかも1キログラムくらいのヘルメットを すっぽりかぶっています そしてこれが何時間も続きます 目を開けて下さい 大変でしょ (笑) 男性と女性が一緒に競技を行わないことが 身体的な理由でないのなら 他に何か原因があるはずです 私は 女性が参加しない理由は 文化的な決まりや 偏見にあると強く信じています 女性はどんな人になるべきと いつも言われているでしょうか 「ナイス」です でも私は思います ナイスな女子はレースに負ける レースは非常に難しいスポーツで 誰でも出来るものではありません だから私たちは 女性としてレースができることを 証明するだけではなく 立ちはだかる馬鹿らしい偏見とも 戦う必要があるのです レースをしていて 大きく3タイプの偏見があることに気づきました これらは レースの中でよくあることですが 他の分野にも応用できるものだと思います まず一つ目の偏見は 女性はアグレッシブではないということです 女の子は早い段階から アグレッシブであることは悪い事だと教わります これは私が14歳のころの写真です その年初めてのゴーカート全国大会で フロリダのデイトナビーチにいました 私はとても楽しみにしていましたし 練習もうまくいっていました 40人中 3位か5位以内で 勝つ気満々でした レースの日 私の調子がいつもと同じなのに 他の選手 つまり男性の選手たちは どんどんコンディションを良くしており 苛立たしい気持ちになりました 同じようなことは何度か経験済みでした 次のレースの朝 父が私のホテルの部屋に少し早めに来て 私のベッドの横でこう言いました 「ジュリア 起きなさい」 「あいつらを打ちのめしてやれ!」 (笑) 「あの男の子たちはこの前 女の子にまけて 寝ないんだぞ 親が寝かせないんだ お前もそれくらい 熱くなれ」 振り返ってみれば (笑) 父は私に こうであるべきという掟を破り レーストラックにいる相手をだれでも叩き潰す 許可をくれたのだと思います (笑) それはいいことでしたが 怖くもありました 様々な社会的な掟を 完全に破って 私をサポートする両親にとっても それは怖いことだったと思います (笑) 二つ目に私が学んだことは 女性は敗者になってもいいという偏見です それだけではなく 女性は敗者に甘んずるべきだとさえ 思われているようです これは私が11歳の頃 地元のゴーカート場で撮った写真です あるレースに出かけて この時も練習ではとても良いコンディションでした 3番手か4番手からのスタートです 両親にこう頼みました 「これと これをこうして ゴーカートを良くしてくれない?」 レースが始まると カートは思い通りには動かず 私はどんどん苛立っていきました 他のカートが私を次々に追い越し 私はレースに負けました 下位でゴールすると レーストラックを出た私は あなたがこれまで会ったこともないような この上なくイラついた11歳児でした ゴーカートをピットに押しやり 自分のものを全て置いて 両親の所に走って行ってこう言いました 「ゴーカートをめちゃくちゃにしてくれたわ! これとこれをしてくれたら 私はレースに勝てたのに!」 その時 父が私の方を見て 自分がやらかしてしまった事に気づきました 父は私の所にやってきてこう言いました 「この野郎!」 (笑) 「お前がゴーカートをこう変えてくれと言ったから そうしたんだ それで上手く行かなかったなら 残念だな トラックにいたのはお前とゴーカートなんだ 上手く動かすのがお前の責任だろう」 (笑) ごめんなさいね (笑) 彼は正しかったのです 理想的な状況ではなかったかもしれませんし 実際彼のせいだったかもしれませんが その時私は 状況を受け止めて 自分の事として うまくやらなければいけなかったのです 女性に関する三つ目の思い込みは 個人的にはこれが一番の侮辱だと感じますが 女性は もろいということです 女性は感情的にも肉体的にも もろいとよく言われますが 実際はそんな事はありません 私は― (笑) 130キログラムもあるゴーカートに首をやられましたが この通りです ちゃんと皆さんの前に立てていますよ これは問題なんです ゴーカートから以前学んだことは すでにお話しましたが ゴーカートからレースカーに移った後も これらの偏見には直面しますし 戦っています 昨春 私はサクラメント・ストックトン地区で レースをすることになり 履歴書とこれまでの勝利歴を チームに提出しました 私はとても興奮していて チームも興奮しているものと思っていました いくつかレースがあり 私もレースに勝ちましたし チームも上手く行っていました そんな時 私を助けてくれていた チームメンバーの男性の一人が こう言いました 「ジュリア あのさ チームに女の子が入るって聞いた時には とてもがっかりして 今シーズンはずっと勝てないかなと思ったけど そんな事なかったね」 彼は私を褒めようとしていたのでしょうが 自分のチームが 自分を支えてくれるはずの自分のチームが 私を全然信頼してくれず 第一線でレースすることを求めていないと 気づきました ある研究では 幼児の母親たちに 自分の子供が登れると思う 傾斜を設定してもらう実験をしました 母親たちが男の子に対して設定する傾斜は いつも 女の子に設定する傾斜よりも急でした つまり私たちは 幼い時から娘にリスクを取らせず 頑張らせず 転ばせず そして どうやって立ち上がるかを 学ばせないのです 私がプロのレーサーとしてチームで学んだ様に これは人が女性とどう関わるかについて 大きな影響を及ぼします 社会が求める女性像と レースドライバーとして私がなりたい自分像は 相容れないものです 私たちはルールを破らなければなりません 私にとってレースは怖いものではありません 時速200キロ以上で 壁スレスレを 誰かと競りながら走り そしてクラッシュすることは 気持ちのいいものではありませんが 怖くはありません 何世紀も続いた 女性に対するネガティブな認識を破ることは 少し手ごわいですが とても重要なことです 最初の質問に戻ります 女性のレースカードライバーになるとはどんな感じか? 素晴らしいですよ (笑) とても素敵です ゾーンに入るのはとても気持ちいいものです 意識下のレベルで 車を操り ライン取りを選んでいるのは 私です 他のことは全く気になりません 数年前 ある人が コーナリングをマスターして 壁スレスレを走る事は セックスよりいいと言っていました (笑) それに 人に期待されていないことを 上手くやり遂げることは とても満足感があります 女性レーサーとしての状況や 皆さんそれぞれの状況は エラーダのこんな名言にうまく集約されると思います 「もし恐ろしいと同時に素晴らしいと思えるなら 絶対に追い続けるべきだ」 ありがとうございます (拍手)